しあとるだいありー

えんどゅのブログ。9/12/2015~ シアトル大学に留学中

「共感力」の大切さ SympathyではなくEmpathyを

(4月20日に書いたまま、下書き保存していた記事です)

 

熊本で震度7地震が起こった2日後、今度はエクアドルでも大規模な地震が発生し、

日本人(私)もエクアドル人もいる私の部屋は、なんだか落ち着かない週末になってしまいました。

 

「こんなに大きな地震は初めて」と話すエクアドル人のルームメイトはほとんどパニックで、

朝から晩までずーっとエクアドルの友人とスカイプしていて、

震災についての報道が遅れているエクアドル現地のメディアに怒ったり、

小さな女の子が亡くなってしまったニュースを見て大泣きしたり。

 

こういう時、大好きな友達に、なんて声をかけてあげたらいいのだろう?

 

そんな時、この前の授業で見た「Sympathy とEmpathy の違い」というビデオについて思い出しました。

 

youtu.be

 

SympathyもEmpathyも、日本語に訳すと「共感」という意味だけど、

Empathyは、その人の心に寄り添ってあげる、という意味での共感。

その人が抱えている辛い状況を理解して、一緒に共有してあげること。

 

Sympathyは、日本語で言うと「同情」に近い。

相手の心に近寄ろうとせずに、慰めようとすること。

 

そう考えるとEmpathyってすごく難しい。

共感のためには、優しさと相手の状況を思う想像力が必要で、

 私は実はこれがすごく苦手。

でも、人間関係を築く上でも、

また被災地の方にできることを考える時も、

「共感力」ってすごく大事なのではと思いました。

 

mainichi.jp

やみくもに支援しようとして、迷惑になってしまうボランティアも、

「共感力」不足が原因だったり?

被災地の現状を遠くからイメージするのは難しいけど、

情報を集めて相手が今何が必要なのか見極める、そして相手に寄り添うことが、

被災地支援において大切なことなのかなあと思います。

 

そんな共感力はまだトレーニング中なのですが、

話を聞くくらいならできるかなって、

週末は聞き役に徹していた私。

 

そしたら彼女が今何に怒っているのか、どれだけ不安か、小一時間語ってくれて、笑

最後に「ありがとう。ちょっと気持ちが楽になった。」って言ってくれた。

今回私は彼女を理解するだけで、共感までは出来なかったと思うんだけど、

相手を理解することも、相手の立場を思う想像力も、話を聞く耳を持つことが大前提だと実感しました。

 

考えてみたら、アメリカに来てから、話してばっかりで人の話をあんまりじっくり聞いてこなかった。

自己主張が良しとされている文化に慣れようと必死で、自分の意見を人に伝えることばかり頑張ってきたけど、

 ちょっと立ち止まって、相手のペースに合わせてみる。

そんなことも大事だなあとぼんやり思うのでした。

 

もうすぐ帰国。

限られた時間で、たくさんの話を聞いて、たくさんの人と心を通わせたいです。